TestingBook

読書に知識を求める人のためのテスト学習ツール

ノウアスフィアの開墾

https://res.booklive.jp/30009081/001/thumbnail/2L.jpg

 元論文の文字量「39039文字」→テストの文字量「14642文字」(半分以下)です。

 

 

 

ノウアスフィアの開墾

 

PDF版:http://cruel.org/freeware/noosphere.pdf

Web版: Homesteading the Noosphere: Japanese

 電子書籍(BookLive!)版

booklive.jp

 

 解答のページ数はPDF版に準拠しています。

 

書籍紹介

オープンソースのライセンスで定義された「公式」イデオロギーとハッカーたちの実際の行動には矛盾が観察される。これをふまえて、ぼくたちはオープンソースソフトの所有権とコントロールをめぐる実際の慣習を検討する。そこで明らかになったのは、そうした慣習の根底にあるのが、ロックの土地保有に関する理論と類似した、所有権の理論であるということだ。これと関連づけるかたちで、ハッカー文化を「贈与文化」として分析する。つまりそこの参加者たちは時間とエネルギーと創造性をあげてしまうことで、名声を競うわけだ。さらにこの分析が、ハッカー文化における紛争解決にとってどのような意味を持つかを検討し、いくつかの処方箋的な示唆を得るものとする。(同論考の概要より)

 

 

テスト

 

所有権とオープンソース

 

  1. < p6 >

  2. < p6 >

  3. < p6 >

    • プロジェクトの分岐に対してはすごく強い「〇〇」がある。どうしてもこれが必要なんだという請願のもとで、世間に対してもその行為を正当化する訴えがたくさん行われ、そしてプロジェクトの名前も変えない限り、それは起こらない。
    • プロジェクトへの変更を、「◇◇」なしに行うといい顔をされない。ただし、基本的に些末な移植上のフィックスなどはのぞく。
    • ある人の「△△」をプロジェクトの歴史やクレジットや管理者リストからのぞくのは、当人のはっきりした合意なしには絶対に行われない。
  4. < p7 >

  5. < p7~8 >

    • 第一の方法は、プロジェクトを「〇〇」することだ。プロジェクトの開始以来、管理者が一人しかいなくて、その管理者が活動を続けているなら、ハッカー慣習はそのプロジェクトをだれが所有しているのかについて「◇◇」することすら許さない。
    • プロジェクトの所有権を獲得する第二の方法は、「△△」だ。プロジェクトの所有者は開発や保守作業に必要な時間を割けなかったり割く気がなかったりするときには、有能な後継者にプロジェクトを引き継ぐ義務がある。これはこのコミュニティではよく理解されている。
    • 所有権を獲得する第三の方法は、そのソフトに作業が必要だとみてとって、しかも「●●」したときだ。もしこれをやるなら、所有者を見つけようとするのがきみの責任だ。それがうまくいかなければ、しかるべき関係した場所(たとえばそのアプリケーション分野専門の Usenet ニュースグループなんか)でそのプロジェクトがどうも放棄されたらしくて、だから引き継ごうと思うんだけど、と宣言することになる。
    • 慣習は、自分が新しい所有者だと宣言するまえに、「◆◆」と要求している。このあいだに、だれかが実は自分はそのプロジェクトで作業を続けるんだけど、と申し出れば、その人たちの申し立てが優先されることになる。プロジェクトを引き継ぎたいという意志発表は、何回かやるのがいいとされる。それも、複数の場でやったほうがポイントは高い。そして返事を待つのに辛抱強ければもっといい。一般に、前の所有者やほかの権利保持者が「▲▲」できるようになるべく努力をしたほうが、「▲▲」がないときの自分の権利主張が通りやすい。
  6. < p8 >

  7. < p8 >

    • なによりもおもしろいことの一つは、ほとんどのハッカーたちは、実際に自分がそうしていると完全に「〇〇」していないのに、これにしたがってきたということだ。
    • もう一つ挙げられるのは、「◇◇」の慣習だというのに、それはきわめて(それどころか驚異的なほど)一貫して「△△」られてきている、ということだ。
    • でも、第三のおもしろい性質というのは、こういう慣習が時を追って発展してくるとき、それは一貫した「●●」を持っていたということだ。この「●●」というのは、もっと公共的なアカウンタビリティや通達を奨励し、プロジェクトのクレジットや変更履歴の保存についてもっと配慮を増やして(なににもまして)いまの所有者の「◆◆」を確立しようというものだった。
    • こういう性質が示唆しているのは、こうした慣習が偶然の産物ではなくて、オープンソース文化でのなにか暗黙の目的や生成パターンの産物で、その機能方法にとってきわめて「××」的なものなんだということだ。
  8. < p9 >

    • 未開の地(フロンティア)には、これまで所有者のいなかった土地がある。そこでは人は、「◇◇」することで所有権を獲得できる。つまり、自分の「△△」を所有されていない土地に混ぜ込み、「●●」をつけて自分の地権を守ることによって。
    • 入植済みの地域での土地移譲は、ふつうは「◆◆」によって行われる。これはつまり、前の所有者から証書を受け取ることだ。この理論に基づけば、「▲▲」という概念が重要になる。所有権の証明として理想的なのは、証書とその移転の連鎖が、その土地のそもそもの開墾時点にまでさかのぼれることだ。
    • 最後に、慣習法理論は土地の所有権が失われたり放棄されたりすることがあるのを認識している(たとえば所有者が相続人なしに死んだり、空き地に対する所有権の連鎖を確立するための記録が失われていたりする場合)。このようにして遺棄された土地は、「××」によって所有権の主張を行える――だれかがそこに入居して、整備を行い、そして開墾時と同じようにそこの所有権を防衛するわけだ。
  9. < p9 >

    • 論理的によく似た理論は、ある物件が「◇◇」的または「△△」上で高い価値を持っていて、しかも稀少財の配分について、中央集権的に「●●」するだけの力を持った「◆◆」の権威が存在しないところでは必ず生じる
    • クンサン・ブッシュマンの例は示唆的だろう。というのも、これはロック式の所有権慣習が、その資源からの「▲▲」がそれを独占して守る「××」よりも大きい場合にのみ生じることを示してくれるからだ。狩猟場が所有権の対象にならないのは、狩猟のリターンがすごく予想しにくくて変動しやすく、さらに(すごく高く評価はされるけれど)日々の生存にとって絶対的に必要なものではないからだ。一方の井戸は、生存にとって不可欠だし、守りきれるくらい小さい。

 

復習リマインダー

  江本 健吾

 

 

ロックと土地所有権

 

  1. < p9~10 >

  2. < p10 >

  3. < p10 >

  4. < p10 >

  5. < p10 >

  6. < p11 >

  7. < p11~12 >

    • 一番簡単な方法は 「△△」だ。「△△」では、稀少な財の配分は一つの中央権力が行って、それが軍事力でバックアップされる。「△△」は、「●●」がものすごくとぼしい。大きくなるにつれて、ますます横暴で非効率になってゆく。このため、大家族以上の上意下達方式はほぼかならずといっていいほど、別のかたちのもっと大きな経済に寄生する存在でしかない。上意下達方式では、社会的地位はおもに「◆◆」へのアクセス能力によって決まってくる。
    • ぼくたちの社会はもっぱら「▲▲」だ。これは財の希少性に対する洗練された適応方式で、規模の変化にもよく適応する。稀少な財の配分は、交換と自発的な協力によって非中心的に行われる。交換経済では、社会的地位はおもにモノの「××」の大小で決まる。
    • しかしながら、このどちらともまったくちがっていて、人類学者たち以外はあまり認知されていない第三のモデルがある。これが「××」だ。
  8. < p12 >

  9. < p12 >

 

復習リマインダー

  肥田 亮平

 

 

所有権と評判のインセンティブ

 

  1. < p13 >

  2. < p13~14 >

    • まず第一に、仲間内のよい評判はそれ自体が重要な「〇〇」だからだ。ぼくたちは進化上の理由から、そう感じるようにつくられている。
    • 第二に、名声は他人の注目を集めて「◇◇」を得るのにすごく有効な方法だ(そして純粋な贈与経済では、唯一無二の方法だ)。もしある人が、気前よく、知的で、公正で、指導力があるとかいったよい資質で有名だったら、その人と関わりを持つことでメリットがあると他人に「△△」するのはずっと簡単になる。
    • 第三に、もし贈与経済が交換経済や上意下達方式と接触していたり混じり合ったりしていた場合にも、評判がそっちに「●●」されて、「◆◆」を得る役にたつかもしれない。
  3. < p14 >

    • 「特殊な条件」の最大のものは、ある人があげる成果物がとても「〇〇」であることだ。よい贈り物とろくでもない贈り物を客観的に区別するのはずっとむずかしい。したがって、何かを贈る人が地位を求めて成功するかどうかは、仲間うちの「◇◇」的な「△△」に繊細に関わってくる。
    • もう一つ特異なのは、オープンソース文化が比較的「●●」であることだ。ほとんどの贈与文化はまざりものが入っている――奢侈品の交易などで交換経済が入り込んでいたり、家族や部族集団みたいな上意下達関係が入っていたりする。オープンソースはこれに類するものはほとんどないと言っていい。だから、「◆◆」以外に地位を獲得する方法は、まずない。
  4. < p14 >

  5. < p14~15 >

    • プロジェクトの分裂がよくないのは、「〇〇」していた人たちが評価上のリスクにさらされることになるからだ。このリスクをなくすには、かれらは分裂後の両方のプロジェクトで同時に活動しなくてはならない。
    • 非公式パッチを配布する(あるいはもっとひどい場合には非公式バイナリを配布する)と、「◇◇」たちは不公正な評判上のリスクにさらされる。公式コードが完璧であっても、「◇◇」たちはパッチのバグのおかげで不評をかうはめになりかねない
    • こっそり「△△」をプロジェクトからはずすことは、文化的な文脈では究極の犯罪だ。それは犠牲者の贈り物を盗み取って、泥棒のものとして提示するということだからだ。
  6. < p15 >

  7. < p15 >

    • まず、ハッカーはプロジェクト分裂に対する反感について、そんなことになったら子プロジェクトは当分はある程度似たような道をたどるから、作業が「〇〇」化して無駄だろ、と説明する。また分裂は共同開発者コミュニティを分裂させることが多く、だからどちらの子プロジェクトも、親より「◇◇」が少なくなる点を指摘する人もいるだろう。分裂の結果の子プロジェクトが、長期的にそれなりの「△△」をもって一つ以上生き延びることは滅多にない。
    • 非公式パッチへの批判は、それが「●●」追跡をものすごく難しくすることや、「◆◆」のバグを処理するだけでも手いっぱいな管理者の作業を、さらに増やす点などを観察したうえで説明されることが多い。
  8. < p15~16 >

  9. < p16 >

 

復習リマインダー

  並木 祐里

 

エゴの問題

 

  1. < p16 >

  2. < p17 >

  3. < p17 >

    • 海賊ソフト文化との対比は示唆的だ。この文化では、地位を求めての行動は臆面なしで、これ見よがしですらある。この手のクラッカーたちは、「ゼロ・デイ・warez」(クラックされていないオリジナルバージョンがリリースされたその日に、クラックされたソフトを配布すること)をリリースして評判を勝ち取ろうとするけれど、でもそのやり方については口をつぐむ。この種の魔法使いどもは自分の小技を公開するのを嫌う。だから結果として、クラッカー文化の知識ベースは「〇〇」としか成長しない。
    • ハッカーコミュニティでは、それとは対照的に、ある人の「◇◇」こそがその人の主張でもある。ここには非常に厳格な「△△」主義があって、そして「●●」は自ら語るべきだという倫理が強く存在している。いちばんすてきな自慢は、「◆◆」コードであり、そして有能なプログラマならだれでもこれがいいのがわかるだろうというものだ。だからハッカー文化の知識ベースは「▲▲」する。
  4. < p17 >

  5. < p17 >

  6. < p17~18 >

    • これは、アカデミズムの多くの部分ととてもおもしろい対照ぶりを示している。アカデミズムでは、欠陥があると思われる他人の成果をボロクソにするのは、「△△」を勝ち取る重要な方法の一つだ。ハッカー文化では、こうした行動はいささか強力に「●●」されている
  7. < p18 >

  8. < p18 >

  9. < p18 > 

 

復習リマインダー

  足達 浩明

 

 

評判ゲームモデルが持つグローバルな意義

 

  1. < p19 >

  2. < p19 >

  3. < p20 >

  4. < p21~22 >

    • 「〇〇」させられたほどきちんと機能しないなら、それはダメ――どんなに巧妙でオリジナリティ豊かなものであっても。
    • 既存の機能する領域を複製する作業よりは、「◇◇」を拡張する仕事のほうがいい。
    • 「△△」に含まれるものは、そうでないものよりもいい。「△△」すべてに含まれるものがいちばんえらい。
    • 「●●」は最大の賛辞――そして「◆◆」は追随ソフトよりもよい。
    • 「▲▲」な作業(たとえばデバッグやドキュメンテーション書き)に継続的に貢献するのは、おもしろくて簡単なハックをいいとこ取りするよりも賞賛すべきことである。
    • 機能の「××」な拡張は、低レベルのパッチやデバッグよりもいい。
  5. < p23 >

    • 所有地は、動物の「〇〇」の抽象化で、「〇〇」は種の内部の暴力を減らすための手段としてうまれた。「◇◇」をしるし、ほかの仲間の「◇◇」を尊重することで、オオカミは争いを始める機会を減らす。そういう争いで自分がけがをしたり殺されたりするかもしれず、そうなったら自分が再生産面で成功する可能性が低下するからだ。
    • 同じように、人間社会における「所有物」の概念は、平和な行動と抗争とをはっきりわけるような「◇◇」をもうけることで、人間同士の「△△」を予防するのが機能だ。
    • 所有権を主張すること(「〇〇」をマーキングするように)は、それを「●●」ことが重要で、その「◇◇」を守るぞという宣言だ。所有権主張に対するコミュニティの支援は、摩擦をへらして「◆◆」を最大化するための方法だ。これは「所有権主張」が README ファイルのプロジェクト管理者の名前記述のように、柵や吠える犬よりずっと抽象的な場合でも成立する。それはやっぱり「〇〇」を抽象化したもので、ぼくたちの本能に基づく所有権モデルは、「〇〇」が発達して紛争解決に役立つようになったものなんだ。
  6. < p23 >

  7. < p24 >

  8. < p24 ><

 

復習リマインダー

  沢田 絹子

 

紛争の原因

 

  1. < p24 >

    • (A) 設計上の決断を下すときに最終的な「〇〇」を下すのはだれか
    • (B) どの貢献者がどのように「◇◇」されるかをどう決めるか
    • (C) プロジェクトグループやその成果物が複数に枝分かれして「△△」するのをどう防ぐか
  2. < p24 >

  3. < p162 >

    • 簡単な例は、プロジェクトの所有者・管理者が「△△」しかいない場合だ。この場合、紛争は起こり得ない。所有者がすべての決定をくだして、賞賛も批判もすべて自分で背負う。紛争として唯一あり得るのは「●●」問題だけだ
    • いちばん単純ながら、簡単ではないケースとしては、プロジェクトを所有する一人の「◆◆」のもとに複数の「▲▲」が働いているような場合だ。慣習は、グループプロジェクトについてはこのモードを好む。
  4. < p25 >

    • この状況では、慣習は所有者/独裁者が「●●」に貢献者にクレジットを与えることを義務づける(たとえばREADME履歴ファイルの中でのしかるべき記載なんかで)。ロック式所有権モデルでいえば、これはつまりプロジェクトへの貢献によってその評判リターンの一部を稼げるということだ。
    • この論理をつきつめると、「優しい独裁者」はその全プロジェクトを文句なしに「◆◆」しているわけじゃないのがわかる。方向性を決める決断をする権利を持ってはいるけれど、かれは実際問題として、全体の評判の一部を「▲▲」と交換にゆずりわたす。
  5. < p25~26 >

  6. < p26 >

  7. < p26 >

  8. < p26 >

  9. < p26 > 

 

復習リマインダー

  中津川 進一

 

文化への順応過程とアカデミズムとの関係

 

  1. < p27 >

  2. < p27 >

  3. < p27 >

  4. < p27 >

  5. < p29~30 >

  6. < p30 >

  7. < p30 >

  8. < p30 >

  9. < p30 >

 

 

復習リマインダー

  豊川 ひろこ

 

 

すべてのテストを復習リマインダーに設定する